精神世界・スピリチュアル 開運・願望実現

人生は短い。嫌いな人や物事に関わっている時間はもったいない

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30年と少し、小学校の道徳の授業で習ったような、人として良しとされる生き方をしようと、あがいてきてしまった。苦しんだし、悲しいことも悔しいこともたくさんあった。

 

何より、うまくいかず、その努力をもっとほかのことに向けたら、好きと思える人や物事のために使ったらどれほど有意義だったかと、後悔もした。

ほんの数年前、いわゆる「悟り」体験をした。ワンネス体験とか覚醒とか目覚めとか、いろいろな言い方がされているけれど。

自分はいなかった。

全ては起きるべくして起きていた。

なんだってよかった。

人生に起きることはすべて決まっていた。

だから、努力して得たと思ったことはすべて、努力しなくても得られた。

逆に、努力しても得られずあるいは失敗して失ったものは、もっと努力しても得られなかったし、失ったものはどうあれ失った。

そう、気付いたらとてもとても楽になった。

努力に関わらず、好きなものは好き。好いてくれる人は好いてくれる。嫌いなものは、ワンネス体験をして、他人も自分も同一で、目の前で起きているかに見える嫌なことも全て幻想だと知っても、やっぱり嫌なものは嫌だし、嫌いな誰かは嫌い。

 

でも、それでいい、無理に嫌いを好きにしたり、苦手を克服したりしないでいい、と気付いた。

 

そうしたら、とてもとても楽になって、嫌いな人やものも、相変わらず嫌いだけど、どうでもよくなった。いい意味で、どうでもいい。消えてなくなれとも思わない。もともと、嫌っている対象自体が存在せず、嫌っている私も存在しない。同じものだから。

だからこそ、せっかく一なるもの、ワンネスに飽きて多様性を経験するために生み出したこの現象界で、楽しむためにやってきたのだから、私、というアバタをとことん楽しみたい。

寿命は決まっている。限られた時間を、嫌いなものと関わり続けて過ごすのも、それがあえてしたいならそれはその人のシナリオだからとやかくはいえない。

 

でも、もし嫌いなものと関わり続けたくないと感じているなら、やめればいい。好きなもの、好きな人、得意なこと、やっていてやり甲斐を感じること。現象界に自ら生み出したはずの、愛すべきものと関わるようにしたらいい。

そう、私が気付いたのは、このタイミングで気付くことがあらかじめ決まっていたからだ。それ以前の苦しみの歳月があったからだ。だから、やみくもに嫌いと向き合った日々も無駄ではなかった。ただ、嫌いと向き合わなくても、こうして気付く日は訪れた。

どちらにせよ、どちらでもいい。

だったら、嫌なことと無理に向き合わなくていい。楽に生きていい。

もし、今嫌いと向き合い続けて苦しみの中にいる人がこれを読んだら、こんな考えもあると知ってくれたら嬉しい。

 

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